WWOOFing with ドイツ人夫妻

本日セカンドビザで戻ってきて8件目となるウーフ生活を終えた。居心地が良かった為2週間以上過ごした。何を隠そう前回(Mt. Arthurの)記事に出てきたホストというのはここの事である。別に隠したつもりはないが。
ホストはドイツから25年前に移民としてやってきた夫婦である。彼らは当初オーストラリアに移住するつもりはなく1-2年滞在したらドイツに帰るつもりだったらしいが、最初の数年で生活基盤が出来上がってしまった為に移住を決意したんだそうだが、移住を決意するのも納得がいく住み心地の良さであった。
家の正面から

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ダイニングルーム

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キッチン

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この自宅であるがホスト夫婦による手作りだと聞いて驚いた。生い茂っていた木々を倒し一から土台を組み上げ完成には数年を要したと話していた。半径100m以上に渡って人は住んでおらず、また高台に位置している為見晴らしも抜群でPeacefulライフと呼ぶに相応しい住環境だ。また天気が良い日にはdeckで毎回食事をするのだがこれがまた気持ちが良かった。
deckからの遠望

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deck

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私が滞在中住んでいた離れの小屋

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中には綺麗なキッチンと同じく遠望できるバルコニー

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ここに住むホストファザーは家具作り一筋の職人で自宅に自前の工場を構えている。

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職人らしく炊事、洗濯から料理に至るまであまり得意な人ではなかった。
ファザーからはHuon pineという世界でタスマニアにしかない木がある事を教えてもらった。なんでも一生腐らないものらしく現在では伐採に許可が要るらしい。
こちらがHuon pineを使用した家具。

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その他製造途中の家具

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彼はここで作った家具を店に卸す為に数ヶ月に一度200km以上離れたホバートまでトラックで運んでいるそうだ。店の立地が良いため今のところ自宅に店を構えて自分の家具を宣伝するつもりはないらしい。
マザーはnursing home(老人ホーム)で働いている。私の滞在中にちょうど15年働いた勤務先を退職した日に出くわした。なんでもかなりストレスの溜まる勤務先で徘徊する人やご老人から罵詈雑言を浴びるのは日常らしい。確かに老人介護の現場で働いている人からそういう話しを聞いた事がある。
退職した翌日には彼女のささやかな退職記念パーティが催された。また違う職場で働くらしいが今度の勤務先はさほどひどくはないらしい。マザーの話しぶりや表情からそれが窺えた。
彼らはドイツ移民という事もあってドイツに関する様々な事を教えて頂いた。一つ驚いたのはドイツにはつい最近まで徴兵制があったという話だ。
日本と共に完膚なきまでの敗戦を迎えたかの国では冷戦のあおりを受けてソ連の脅威に対抗する為西ドイツにおいて再武装が米国等の戦勝国側に認められたらしい。(wikipedia参照)
18才以上の男子は徴兵の対象になるが、徴兵される代わりに軍隊と同じ期間病院か老人介護施設等の社会福祉施設で社会貢献するという一応の逃げ道もちゃんと用意されていたようだ。
因みにホストファザーも当然ながら徴兵の対象だったが彼は病院での福祉作業を選択した為軍隊には行ってないとの事だ。
余談だが韓国はもとより台湾でも徴兵があるという事をオーストラリアに来て初めて知った。所属先にもよるだろうが本格的に鍛え抜かれたという話も聞くし、あれはフェイクだと言う奴もいた。一般の日本人男子には未知の世界だ。
またドイツは意外にもグルメな国かもしれないとマザーの話しを聞いて感じた。ドイツでは外食が旺盛で値段もオーストラリアより安いそうだ。私の推測だがトルコ系移民が多いため彼らがもたらす料理がドイツ人の舌を肥えさせている可能性もある。
それが証拠にかマザーの料理も美味であったしこれまで食べたドイツ系の料理に裏切られた事がない。”ドイツ系の料理”と非常に抽象的ではあるが少なくとも自分の料理不毛の地ドイツというイメージが変わった気がする。
オーストラリアに滞在しているが主にヨーロッパからの移民に出会う確率が高い。今後もいろんな国のイメージが変わったり知らなかった事に出くわすかもしれないが、なにより自分の視野や見聞が拡がっていく感覚が何とも言えず気持ちがいいのである。

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