つい先日まで滞在していたホスト先では計6週間過ごしたのですが最後の最後でニワトリの屠殺工程を見せてもらえました。実はもっと早くに体験できたはずなんですがホストの都合が合わずにずっと先延ばしになってしまってたんですね。自分は屠殺に興味がありましたんで「今週タスマニアを離れるから屠殺を見せてくれ」とせがんだところその翌日にやってくれる事になりました。

ということで今回は屠殺の様子を記して写真も載せたいと思います。が、さすがに全て載せるのはまずいかなと思いましたので一応自己検閲をかけて血や内臓といった生々しいものが写った写真は任意でご覧頂けるようにしています。なのでそういう類のものは見たい方だけ見て頂くようにお願い申し上げます。


さて屠殺の流れですが簡単に箇条書きで記しますと
1.ニワトリ(雄鶏のみ)を捕獲
2.首を切り落とす
3.羽根をむしる
4.内臓を取り出し食べれる部分を切り分ける
5.後片付け

という感じです。


今回は8羽中7羽の雄鶏(英語ではrooster、オス)を屠殺しましたが一匹だけは屠殺しなかったんですね。
ホストに聞くとニワトリ同士にも社会というものがあるそうでインドのカーストもびっくりの階級社会なんだそうです。

ニワトリ社会は常に雄鶏(オス)が上位にたつそうでして、雄鶏(オス)を全部屠殺してしまい雌鶏(英語ではhen、メス)だけ飼育すると雌鶏(メス)の上の階層に立つ雄鶏(オス)がいないので雌鶏(メス)が互いに傷付け合いをしてしまうらしいんですね。だから雄鶏(オス)一匹だけでも残して雌鶏(メス)の統制を保つんだそうです。自分はてっきり雄鶏(オス)を残さないと雌鶏(メス)と交尾ができずに卵が取れないからなのかなと思ってましたがどうやらそうではないみたいですね。

ニワトリが産む卵にも2種類あって「有精卵」と「無精卵」があるそうなんですが、有精卵はお察しの通り雄鶏(オス)と雌鶏(メス)が交尾後に産んだヒナが孵化する卵ですね。そして無精卵は精子が入ってないのでいくら温めてもヒナは孵りません。そして無精卵は別に雄鶏(オス)がいなくても雌鶏(メス)だけで産む事ができるそうなんですね。雌鶏(メス)自体が雄鶏(オス)がいなくても卵が生めるように品種改良されてるんだそうです。ほーなるほどと思いました。雄鶏(オス)一匹だけだから「雌鶏(メス)だらけのハーレム、ムハハ状態」なんてアホみたいに考えてましたがちゃんと雄鶏(オス)を残す理由というのがあるんですね。

因みに毎朝雄鶏(オス)の鳴き声で目を覚まされていたんですが屠殺翌日の朝は鳴き声は全く聞こえずに自分はグーグー寝入ってました。もしかしたら鳴いてたかもしれないんですが雄鶏の数が一気に減りましたのでやっぱパワーダウンしちゃったのかもしれませんね。


さてこの屠殺当日の朝なんですが、ホストが急遽「今から屠殺するわよ!」と当日の朝に勢い込んで決めたみたいだったのでこちらも朝起きてきてびっくりしたんですね。「あー今から屠殺かぁ」と以前から自分がリクエストしてた事ではあったんですが、いざその現場を見るとなるとやはり心を落ち着けるまで少し時間がかかりましたね。
ま、こういうのはあれこれ考えずにちゃちゃっとやっちゃった方がいいのかもしれません。何かチャーハン作るみたいな感じで言ってますけど勢いそのままに実行するのってたまには大事だよなって思います。沈思黙考してあれこれ作戦やプランを考えるのもいいとは思うんですけど、逆に考えすぎちゃってネガ転しちゃって結局何も起こらないし得られないって事あると思いますんで。

「あー今から屠殺かぁ」という気持ちだったのは自分だけではなかったようで、ホスト2人と他にフィンランドから来ていた女性ヘルパー(こう書くと老人ホームで働く人に聞こえますがHelpxを通してこの家に滞在している人の事です)も自分も食欲なかったので何も朝食では食べれませんでした。

やっぱ気分のいいもんじゃないというのは皆さん分かっていたようで気分を上げる為にアルコール度数50%のパリンカというハンガリーの蒸留酒にフルーツを漬けこんだお酒をカップに注いで皆で盃を交わしました。不謹慎かもしれませんが神風特攻隊が出陣する前に盃を交わすシーンを見た事がありますが、ほんと自分の中ではこれから戦闘に出る感じで「おっしゃー」と気合が入りました。因みにこのフルーツに度数の高いアルコールを漬けこむというのはヨーロッパでは割とポピュラーなんだそうですね。
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皆の準備が整ったところでまずはニワトリの捕獲です。
ニワトリ7匹を捕獲する為に餌を一ヶ所に撒いてニワトリを集めます。今回は自分を含む4人がかりで角に追い込み捕獲⇒袋に入れます。
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これを繰り返し合計7羽の雄鶏を確保。ニワトリは捕らえられる際に「ギャー」と叫ぶんですがそれがまた心の痛みを助長し、心の中で申し訳ない気持ちにはなりましたが、これも自分達が生きていく為だという免罪符を自分に与えて納得させました。因みに豚は屠殺される直前に涙を流すそうですね。聞くところによると犬よりも賢いんだそうです。


次に捕らえたニワトリの頭を一羽づつ(というか中華包丁かな?)で切り落としていきます。最初鶏の頭を殴打したり首を絞めて失神させてから頭を切り落とすのかと思ってましたがこの家庭ではそんな事はしないそうです。考えてみれば失神なんて一回で成功するとも限りませんしあくまで比較ですが首を一発で切り落としてもらった方が苦痛は少ないのかもしれません。ネット上には失神⇒屠殺開始みたいな事が書いてあるところがありましたけど個人的には一発で仕留めてあげた方がいいのかななんて思います。あくまで人間側から見た感想でしかないですが。

頭をchop off(切り落と)している風景
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首を切り落としたら出血がある程度止まるまで待ちます。人間でも同じかもしれないんですが頭を切り落とされるのがあまりにも一瞬の出来事なので、切り落とされた後もニワトリの体は動いてたんですね。ちゃんと羽根を両手で押さえてないと今にも逃げ出しそうなぐらいにバタバタ動いていたニワトリもいました。
首を切り落とされたニワトリ
毛抜き前のニワトリ




首からの出血が止まりニワトリが完全に静止したのを確認したら肛門に糞がついたままのニワトリがいますのでそれを水で洗い落としていきます。そしてその次に毛抜き(英語ではpluckingという)作業になります。毛抜きでは羽毛一本たりとも残らずにむしっていきます。ニワトリは脚(つま先から膝?)以外は羽毛で覆われていますのでこれが屠殺全体作業の中では一番時間がかかりました。
毛抜き後のニワトリ1
毛抜き後のニワトリ2



毛抜き作業の前にニワトリの脚を掴んでお湯に数十秒浸すんですが、こうする事で毛抜きがしやすくなるんだそうです。お察しの通り全て手作業でして、血で染まったむき出しの首の骨を見ながらの作業はやっぱり抵抗はありましたね。毛抜きも力加減を考えないと皮も一緒に剥いてしまってすぐ下の脂肪が出てきてしまったり、いきなり肉の部分が見えてしまったりでちょっと面倒な事になってしまいます。太腿とか体に生えてる羽毛はブチブチ割と引っこ抜けるんですが、羽根はかなり力を加えたり、ペンチ(pilers)を使わないと抜けなかったりするぐらい力の要る作業でした。
毛抜き作業自体は慣れれば容易い事でしたが、同じ作業をしていたフィンランドからの女性ヘルパーは気分を悪くしてしまい屠殺後の食事も取れない程でしたからそれなりにショックがあったのかもしれません。自分の場合は最初少し抵抗がありましたが、どちらかというと以前書いたウナギを最初に絶命させないといけなかった時の方がショックはありましたし、ウナギを捌く時に内臓やら血やらを見てましたんである程度慣れがあったように思います。


羽毛や羽根を全て抜いた後はバーナーで細かい毛を焼いていきます。それから腹を切り開いて内臓を取り出します。その後それぞれのパーツに切り分けていきます。
切り分け作業の様子1
切り分け作業の様子2
切り分け作業の様子3






その後パーツごとに切り分けた肉をこのように選別しパック詰めにして冷凍庫へ入れます。
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ニワトリを切り分けるのに使用したまな板はよく洗い塩をまぶして天日干しに。

食べれない(食べれるんだろうが食べない)部位はこのようにまとめて、木の栄養分になるように穴を掘り埋めました。

片付けが終わったら早速切り分けた肝臓(liver)、脾臓(spleen)そして睾丸(ball)と玉ねぎを炒め、白ご飯と共においしく頂きました。
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以上が屠殺の一連の工程でしたが、考えてみればニワトリは人間が残した残飯を食べてくれますし、残飯をニワトリが食べる⇒それを屠殺し人間が食べる⇒食べれない内臓等は野菜の肥料に⇒野菜を人間が食べる⇒残飯はニワトリの餌に⇒成長したニワトリを屠殺しまた人間が食べる。。。と一部ややこじ付け部分があるかもしれませんが大まかに一連の流れがある事が分かります。



【今回の屠殺体験を通してみて感じた事】
動物の屠殺行為をどのように感じそれがどのようにその人に影響を与えるか、この辺りは結局は個人の好き嫌いに収斂されていくんでしょうね。ニワトリに限らず牛や豚の屠殺を見た事で肉が食べれなくなってしまいそれがきっかけでベジタリアンになったという人も会った事がありますが、それはそれで個人のライフスタイルの変化であり好き嫌いですよね。

僕個人は以前よりも動物に対して有難みや慈悲の念は増すとは思いますが、だからといって肉を食べるのを止める事はないと思います。ただ今回の屠殺だけじゃなくてウナギを捌いた時も感じましたが、自分の手で絶命させたり今回のように首を切り落として羽根までむしる事まで自分でやるとなると”何事”かは感じますし感じない人なんていないと思います。それがニワトリであれウナギであれ何であれ生きとし生けるものの生命を頂く有難みみたいなものはスーパーで購入するよりも何倍も違います。まぁどう感じるかなんて所詮は気持ちの問題と言ってしまえばそれまでなんですが、でもほんの些細な事のようでいて実はものすごく巨大で月とすっぽんぐらいの違いはありそうな気もします。そういった生き物を慈しむ気持ちって人間相手に対しても有効というか発揮されるものだからだと思うわけです。

今回自分が体験した事をより具体的に描写(首がむき出しとか)、屠殺体などの写真を載せたりとかしたのもやっぱ現実というか現実以外に事実を語るものってないだろうなと思いましたので極力具体的に表現描写を試みました。文章が稚拙なので今の自分にはこれが限界なのですがやっぱり生で見た方が何事かのsomethingを感じるし、やらないよりはやった方が月並みな意見ですが勉強にはなりますね。これって屠殺に限らず全ての物事に共通するんでしょうし現実から目を逸らさずに僕はずっと生きていきたいですね。