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先週からまたブログを再開してみたものの書くネタをどうしようかと再開2周目で早くも憂鬱な気分になってます。

思えば普段家と会社の往復で週の大半は消えていきますし、10ヶ月間もそういう生活をしてれば大体毎日同じ事の繰り返しで思考停止にもなりがちでネタなんかそうそう出てこないのと同時に仕事や生活ペースへの慣れもあって時間の経過があっという間で多少焦ってます。

毎週月曜になると「ああ、また月曜が始まった」と言いながらも金曜になれば「ああ一週間早かったな」と、毎週同じ事を思い言い続けてます。

一応自分は先日30歳を迎えましたが30手前ぐらいからやたらと時間の経過が早く感じるようになり、1年なんかほっといたらあっという間で知らない間に歳を重ねて30年も生きているという。時間の経過に意識的にならないと下手したらこれが1年じゃなくて知らない間に5年、10年が経ってたという事にもなり兼ねないわけなので笑い事ではないです。

ただ一応自分自身は大器晩成型の人間だと思ってまして、この先10年ぐらいが人生で一番楽しい時期になるじゃないかなと思っており結構楽しみと言えば楽しみではあります。

でももしこれまでの30年間ずっと日本にいたらこんな風には思わないんだろうなと断言できます。多分まだ派遣社員やって家帰ったらYoutube観て休日はゴロゴロ昼まで寝て、英語習いたくても3日坊主で続かなかったり、FXとか株に手を出して塩漬けポジションの為にひたすら給料つぎ込んだり、上の世界へ行くきっかけも見つけられずに無駄に時間だけ過ぎていくような生活を送って文字通り詰んでるんじゃないかと想像してます。

それの何が一番残念かと言うと、今自分がこの目で見ている日本を出ないと見れないような世界観を知らない事だったり、世の中こんなにも面白いやつがいるんだとか、まだまだ英語その他人間力含め日々良くなる為に綱渡り的ながらもなんとか毎日食らいついてきながら結果を残していく為に頑張る事だとか、物質的ではない精神的な充足感とか成長感を味わえない事だったりです。

今はっきり言って余程のサバイバルを要する地域でない限り、ウーフ、ヘルペックスで20件ぐらい自給自足生活を営む場所を訪れた事もあってどこかに放り出されても物がないならないなりに自然に楽しみを見つけて、ラウンドのファーム探しで鍛えてきた仕事探し方法論なんかを駆使してそれなりの仕事を見つけて生きていける自信はあります。

英語はまだまだ勉強は必要ですがそれでも意思疎通にはほとんど困らない程度のレベルにまで来たのでどの国に行っても必ず一人はいるであろう英語が喋れる人をひっ捕まえてきてその国の事を知る為の言語ツールも確保しましたし、こっちのホワイトカラー仕事も経験して日本にそのままいたら味わえないような辛酸を舐めるような経験(笑)もしてメンタル的にもそれなりにタフになってるいるので、この先自分がどういう方向性に進もうとも良くなるイメージしか持てない、というのが正直なところです。

唯一不安に思うのはオーストラリアやニュージランドで永住権が取れるか取れないか、取る為に年齢制限がきついのでどこでどういうふうなタイミングで動くかとか自分の年齢を気にしながら動かないといけない事が唯一今後の不安要素ではありますけど、それ以外ではもう自分がこの先悪くなっていく事がほとんど想像できないです。

ただ親とか家族とか親戚に何かあれば状況も一変する可能性はあるかもしれないのですが、でもメンタル的な心持ちというのは海外に出なかった場合の時と比較すると全く違うと断言できます。

海外ビフォー・アフターで違うものと言えば英語が上手くなったかどうかが分かりやすいですが、もっと根源的な部分として自分の奥底から湧き出てくる自分自身への確固たる自信のようなものを得たような感じで、もうそれだけで海外に来た事は成功ですし人生得した気分になってます。

これから先のAI、ネット、グローバリゼーション等で流れの早いこの世界において自分がこれから右肩上がりで良くなると思えるかそうでないか、ましてや失われた20年とか言われて将来に対する展望が他国と比較すると低い日本に住む場合に、自分の将来の見通しが明るいと思えるかどうか今の日本においてはやや希有な事だと思ったりはします。

日本にいたら貯金がいくらあるかとか、老後の為の資金は足りてるかどうかとかを気にする傾向がありますが、そんな事よりも自分がこれから良くなると思えれば別にお金なんて気にならない(いつでも稼げると思えるとも言える)ので、そういうメンタリティを持つことが一番の老後の安心材料なんじゃないかと思えるようになりました。

実際に今日本に帰ってそれなりの仕事が得られるのか、その上でどれぐらい稼げるかとかまだ個人的には未知の領域なので詳しくは実体験から語れないですが、少なくとも今NZで働いている会社からは年俸ベースで給料貰って働いてますが、こんなワーホリ上がりの英語の不得手な自分に対して雇用関係を結んでお金を出してくれるところがあるというのは凄く面白い事実です。

正直今振り返ったら勢いだけで仕事ゲットしたようなもので、自分を実体よりも多少大きく見せたもん勝ちだろうという事でとにかくポジティブな事しか面接でも言わなかったですし(知り合いのアドバイスがあったのも大きかった)、その下地となるような基礎部分はそれまでのラウンドだとかファームで一つの仕事にしがみつかずに次から次へと仕事を探して回って行く先々で仕事を得た事だとか、常軌を逸した数のウーフだとかヘルペックスをこなす事で外人とのコミュ力を上げていって掴んだ自分に対する自信の現れでもあったように思います。それが好循環で仕事ゲット⇛またさらに次の良い仕事ゲットに繋がってるのかなと。

今の職場では自分の英語が一番下手くそですし、言葉が分からない≒劣った自分みたいな自意識も多少なりともあって「俺はダメだ」というセルフエスティームの低下を自分で招くという愚行を最近やってしまってしまってたのですが、こういう感じで日本を出てから自分がどれぐらい遠くまでやってこれたかを振り返っておく事で成長を実感しますし、自分が歩んでいる方向性についても再確認する自己定期検診は今後も定期的に受診していきたいと思ってます。

(写真はWaitakere Rangeにて)