前回記事でご紹介したオフグリッド生活を営むニュージーランド人ご家族との共同生活。

ホストファザーのジェームスは出会ったその瞬間から会話に花を咲かせる事ができる社交性を持ちあわせている事もさる事ながら、これまで出会った外国人(自分がこっちでは外人ですが)の中で最も波長が合うと感じた人でした。

それはウーフやヘルペックスを通して20件近くの場所を訪れた中で構築された自身の価値観、考え方とびっくりするほど似通っていると感じた事からも彼との会話を通して新たに認識したウーフ的生活(いわゆる自給自足生活)を送る事の意義などについて考えさせられたように思います。






社会のレールに乗る・乗らない





ピザパー会場
(この日は近親者や近所の人達を招いてピザパーティがあった)






日本で生活していると「良い学校→いい会社→人生安泰」みたいなレールがあるのは誰もが知るところですが、ここニュージーランドにも一応「大学で学位を取る→都市部でホワイトカラーの仕事をする→週末はPubでスポーツ観戦をする」という一つの社会的ステータスを表す為のレールがある事をジェームスが教えてくれました。

ニュージーランドやオーストラリアといった西欧圏の社会は日本ほど画一的ではないので日本と同様にものを語る事はできないでしょうが、「何かしらの組織に所属して生活費を稼ぐ」というスタイルは共通事項ですからそういった考え方がこちらの社会にあっても不思議ではないです。

である日のジェームスとの会話の中で子供の教育方針について話題になった事がありまして、彼曰くニュージーランドの公教育は特に先進的なものでもないし子供達が興味がある事を学べるようなシステムになっていない為に公教育を受けさせる意義を感じないという事なんだそうです。

現在の教育制度は大人になってから資本主義の枠組みの中で生活ができるように育て上げる事が主目的になっており、コード(プログラミング)の一つも書けるようになって就活スペックを向上しておかなければいけないだとか、同調圧力の中で我慢する事を覚えたりだとか、現代世界のシステムに乗って生活していくための養成過程に対して疑問を抱いているという事らしいです。

確かにプログラミングができる人間は仕事にあぶれる可能性というのは低くなる一方で今ある職業の大半は消滅すると言われてるので、時代に追いつかない教育を受けさせるよりも、自分たちでフリースクールなんかを作って(ジェームスは仲間と実際にそういうアイデアを持っているそう)工夫して教えるだとか、ネットで必要な教育を受けさせるだとかでいくらでも自由が利く時代になったので学校に通わせないという選択肢は逆にリスクの少ないものになりつつあるかもしれませんね。

仮に公教育を受けて時代に適合した人材になれたとしても今度はもともと厳しいこちらの就職事情を勝ち抜いて企業の求める経験やスペックを装備しておかないとならないですし、その厳しい就職戦線を勝ち抜いて待っているものは高い家賃に狭い部屋か毎日の帰宅ラッシュに数時間を費やすというお金の為に消耗しているかのような暮らし。

今現在オークランドに滞在し始めて3週間程経ちますが家賃はかなり高くフラットの平均が週約200ドルぐらい(円だと月約65000円ぐらいか)です。この記事によると家が高すぎるので124km離れたHamiltonから通う人をMega-Commuterと呼んで、住宅価格の安い地域に住みながら安くなった分時間を犠牲する事も厭わない人達について紹介されてます。


通勤時間は平均して1時間ぐらいかかりますから、このような現状だけを見ても「そんな通勤するだけで消耗する人生の何がおもしろいのだ?」とオワコン化した都市に見切りをつけて誰しもが疑問に思って行動に移しても不思議ではないですし、今後もオークランドのバブルは膨張し続けそうですから早めにそのような環境からドロップアウトして新たな価値観を子供達に教えた方が賢明だとジェームスが悟ってもおかしくはないですよね。

ただジェームス自身は都市での生活や現存のシステム全てを否定するわけではなく、今現在あるシステムはシステムとして利用すればいいという考えも併せ持っているので極端に考えが偏っているわけではなかったです。お金が必要となれば出稼ぎのように都市に出て稼ぎ、用が済めば早めに退散する。レールに乗る目的が明瞭であればあるほど、これほどにも使い勝手の良いシステムはないというのが彼の主張でしてその部分は多いに納得するものでした。








シェア経済、脱資本主義化







ピザdough作成中
(ピザ生地作成中。生地は英語でdoughと言う)




ピザイースト菌
(ピザ生地用のイースト菌)





彼らがこの地で目指している生活スタイルは前回記事にも少し書きましたが足りないものがあれば近隣住民との間で融通し合ったりしてお互いのニーズを満たすシェア、バーター経済の確立でした。

ジェームスの頭の中では、必要なものを交換したり、または大工作業をする代わりに金銭を得たり、農機具をシェアしたりしていく事で小さな経済圏を作り、その小さな経済圏で生活する人には特別通貨を発行して、もう自分たちだけで生活していっちゃおうというアイデアがあるそうです。

経済活動自体は帳簿上に載るわけではないし、近隣住民から野菜をもらったとしても国のGDPには計上されないけど、その経済活動を行う事によって関わる人のニーズが満たされますし、災害が起こっても当分の間食料に困る事はない。上手く互助機能が作動していれば自分達の中だけで生活が回るので外貨を手に入れる必要もない。自分達だけで完全にインフラを整備する為にはもう少し技術の発展が必要かもしれませんがあと10年もすればかなり様変わりしている可能性もありますからかなり面白い事になりそうです。






人の要素が大事






ピザ竈内
(竈の中でじっくり焼く)





ピザ出来立て
(出来立てのピザ。手作り感のある焦げが良いアクセント)







ただこの小さな世界で事を上手に進めようと思うと人の要素が限りなく大きいのだとジェームスとの会話を通して思いました。彼が最初にこの地を開拓する時に協力を仰いだ友人に出会いましたがとってもGenerousな(気前の良い)人でしたし、8ヶ月間ジェームス達と滞在し家を作る事に協力してくれたフランス人大工も甘えがなく、かなりできた人だったそうです。

ジェームスや奥さんのポリーは家に招く人をかなり厳選しているそうでして、自分は運良く彼らと滞在する事ができましたが、共に生活する人や協力姿勢を仰がなければいけない人に難があると悲惨な事になる事を知ってるのだと思います。

これは今後自分が逆の立場になった時に参考になる考え方ですし、現にウーフやヘルペックスを通して20件以上もの場所で見知らぬ人間との生活経験がある自分にとっては常識となっていましたが、誰と暮らして、誰に助力を仰ぐかというのは他のなによりも注力しなければいけない事だと思いました。

もし自分たちがTaipa近辺に住むような事があればジェームスが協力してくれるそうで、そういう意味では何もない場所から家まで作って生活を軌道に乗せた経験のあるジェームス達の信頼を勝ち得た事はお金を稼ぐ事よりも大きなものを得たと言っていいと思います。

 





やる事やってれば世間の方からやってくる







ピザパー開始前
(ピザパー開始前)





一見すると山奥に住んでいる彼らはかなり孤立しているようにも見えますがてんでそんな事はなく、特に夏場になると友人・知人が毎日やってきては食事を共にし会話に花を咲かせてはまた別の人がやってくるという一つの拠点のような場所になっていました。彼らも「やる事をやっていれば世間の方からやってくる」という表現をしていましたがかなり的を射ているなと思います。

自分なりの見解ですが、世の中にとって価値ある事をしている人やすごく楽しそうに生活している人らというのは自然と他人を呼び寄せるオーラのようなものを発してるのだと感じます。自分がお世話になったAPLACもそうですしジェームスもそう。自宅にいながらにして様々な人間と出会える。そしてそんな場所までやってくる人達というのは得てして同じ波長を持つ人間が多いので価値観の不一致でギスギスしたり嫌な思いをしたりする事も少ないと思います。

またヘルペックスなんかをやってれば自分の家にいながらにして世界中の人間と出会えます。自分も彼らの家を訪れた内の一人ですがジェームス一家とは出会うべくして出会ったのだと思いますしこの場所を見つけた時に「ビビッ」とくるようなものがありました。多分自分の中で同じ嗅覚、考え方をした人がその場所に住んでいるだろうという直感が働いたのだと思います。拠点作りという面で見てもいろいろと勉強になりました。








答えはない。結局は価値観に沿って生きているかどうか






ピザパー途中
(ピザパー日和の中楽しくお喋り。ホストであるジェームスはピザ作りに専念)






どういう生活スタイルにするか、どの場所に住むか、どの人と住むかとか等は個々人の好き嫌いに依拠するものなので万人に適合する生活スタイルは存在しないですが、自分としてはネットさえあれば山奥の中で細々と野菜でも育てて肉が必要なら狩りでもやって、気の合う仲間さえいればそれで問題ないです(実際にまだやってないので考え方は変わるかもですが)。

ただ自分の価値観を押し付けるつもりはさらさらないのは言うまでもないですが、少なくとも「資本主義が崩れかかってるから」、「AI化が押し寄せてるから」、「都市部の家賃が高くなってきてるから」、「みんながやってるから」、、、みたいな右向け右でみんなの顔色を伺いながら「じゃあ私もやってみようかな」程度の動機でやるつもりは自分にはなく、将来的なセーフティーネット的な役割として睨みつつも、一番の動機としてはそういう生活が自分に一番フィットしてると思えるからやる。自分の価値観に沿って生きていると思えるのでやるというのが一番長続きするし自分が納得しているからずっとやれるのかなと思います。ジェームス達にとっても一番彼らの価値観に沿う生き方というのが今の生活スタイルだったのだと一緒に生活をしてて思えましたし。





ジェームス家仏像