Circular Quay日没前後
シドニーの夕暮れ時のサーキュラーキーにて



最近いろいろ思うところがあってその心境を吐露する媒体・手段としてブログを更新してます。

というのもブログを始めた頃のようにPVを集めるとか、所謂ブログ運営のようなものを気にしててもどうせ誰もしばらく見る事なんかないだろうから、その代わりにしばらくは
その時自分が思ったこと、感じたことをそのまんま書いていくような自分の心の浄化作用代わりに心境を吐き出すツール機能としてしばらくはこのブログを使っていこうと思います。

最初ブログを始めた時はネットを漁ってブログの書き方とか、その道を先行するブロガーのイケダハヤトの本とかkindleで買って参考にしたりして、タイトルは最初に決めて書いていく方がいいとか、顧客視点を取り入れて読者の求めることをネタにしたりだとか、最後はちゃんとオチやらストンと収まるところに収まるように書いていくようにしてたのですが、

事実を捻じ曲げるとまではいかないまでも「ほんとはそうじゃないんだけど敢えて肯定的に書かないと文章の整合性がなくなる」ということで多少思ってることとは違う意図のことを書いたりとかして、本当の内なる自分と向き合ってないような感じになってしまいそうになるしで、

「とにかく量を書け」というイケハヤのアドバイスはもっともな部分だとは思ったのですが、情報系とかハウツー系とかお役立ち系でもない
どうせ誰も見てない自分のようなただ単なる個人ブログだったら、雑感がてらもうオチもないし、その時思ったことを書いていったり割りと自分の恥部のようなことも明け透けに語っていく方が読んでても面白いのかなと思います。

人によっては全然恥部でもなんでもないやんっていう思春期の中学生とかが思いそうなことを書いてたりもするのですが、それはそれで自分にとっては恥部だったりもするのでやっぱり恥部なんかなと思ったりしますが、そんな難しいことなんてそもそも書けないし、書いたところでボロが出るだけだしで、

それだったら一人の男という人間としての悩みだったり、日本という国で生まれ育った海外童貞の一人の男が海外にやって来てこの目で見た見聞録とまではいかないまでも、リアルな実相というのか、海外つっても全然カッコよくもなんでもないし、モテることもなければ、人からちやほやなんてされないし、英語を使った仕事なんてのもいざネイティブに囲まれて何か議論でもしようもんなら、分からなさ過ぎて自分がまるで手のひらで転がされてるような存在価値が否定されかねないトラウマのような経験も何度もするし、

特に男は生まれ育った社会では女性よりも優位な立場にいる事が多い分英語が出来ないだけで無力感とか半端なく感じたりするしで、自分が素直に見て感じて思ったありのままの出来るだけ生の情報を伝えようと思ったらどうしても明け透けに語る必要は出て来るし、恥部みたいなところも出していかないと伝わらないのかなとも思います。

でもそういうトラウマ的経験だったり、単に英語が出来ないとか、こないだ書いたモテないという記事にしても「やっぱ自分なんてそんなもんだよね」で済ませて、自分の可能性を閉ざしていくつもりはてんでなくて、自分の至らぬところを見つめ直して改善していくことで明るい未来に繋がるという確信があるからこそこんな呑気に一般公開のブログにしたためられるのであって、

ほんとに思い詰めてたりなんかしたら誰にも言えないだろうし、かつての自分のように一人で思い詰めて精神病んじゃう危険もあるだろうから、こんな感じでちゃらんぽらんにまだまだ可愛げのある恥部のようなものをさらけ出すなんて実はそんな大したことでもないんじゃないかと思ったりします。

なんならこの手の恥部だったら、特にあてもなくつらつらと書いてることが実は世界のどこかの誰かのカタルシスの役に立ってたり、カタルシスとまではいかないまでもちょっとホッとしてもらえたり共感してもらえたりするだけで全然良いわけです。

スティーブ・ジョブズ(だっけ?)が確か「顧客は自分が欲しいものは顧客自身は実は分かってない」ということを言ってたような気がしますが、
ものの本に書かれてるような顧客視点を持ってブログを書けというのもその通りだとは思うのですが、あえてそんなのは無視して自分の主義主張・価値観のようなものをありのままに一方通行的に伝えていけば少ないながらも「俺/私も分かるよ」的に共感や同調してくれる人がいるのかなと思うと、世の中の声のようなものをある程度無視していく方が、自分のメッセージがたどり着いてほしい人に辿り着いてくれるのかなとも思ったりします。

別に商業的成功とか求めてないし、エラくなりたいとか、金がこんもり欲しいとかもそこまでない代わりに個の人間として考えを押し出していきたいというのは結構あって、それを届けようと思ったらやっぱ恥部は丸々でなくてもある程度は出していかんといかんのかなーと思ったり。

これもどの程度出していけばいいかなんて考え出すとまた自分を押し殺してしまいそうになるしで難しいところですが、少なくともこういうスタイルの方が自分らしくあれるし、書いてる本人が実は一番気持ちよくなってたりするのでしばらくこんな感じで別に何かの正解に辿り着くとかせずに終わっていくのがいいのかもと思ったりする今日この頃です。