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今やってる仕事の関連でデジタルマーケティング関連のソフトウェアを販売するIT企業の日本法人のマーケティング本部長の方と日々お仕事させてもらってます。

この方は元々日本では大手鉄鋼会社で海外営業やってたり、日本に進出してくる海外企業の日本法人立ち上げに関わったりと一流のビジネスマンとしての経歴をお持ちなのですが、この本部長さんと定期的に会話してると働く上での理念とか使命感のようなものをひしひしと感じることがあります。


それは「欧米企業よりもはるかに遅れを取っているデジタルマーケティングという分野を日本の企業に普及させていくこと」だったりするのですが、

日本の企業ってそもそもデジタル化が進んでなくて未だにFaxを恒常的に使ってるし、マーケティングに関しても高度成長時代なんかを通して「良いものを作れば売れる」という成功体験が大きかったためなのか、欧米のようにマーケティング専門の部署とかスペシャリストがいない企業が多い時点でその後進性が垣間見えたりするわけなのですが、

今後IoTとかが普及してますますデジタル化が進んで顧客のデジタルデータが増えていく中で、いかにデジタル上での顧客理解を深めていくかがビジネスをさらに成長させるキー分野ということで何年も前から欧米(&中国)企業はデジタルマーケティングに投資してたりするそうです。

自分とオフィス内で相対して座ってるオーストラリア担当に話しを聞くと、オーストラリアのいちCouncil(Wagga WaggaとかBunderburgとかの田舎のCouncilとか←知ってる人が聞けばどれぐらい田舎か分かるはず)ですらデジタルマーケティング用の担当者がいて、一つのライセンスだけで軽く1千万円はするうちの商品に問い合わせてきてるそうだし、中国は昨今のデジタル投資への過熱感がそのまんま問い合わせの件数にも現れてて、中国の担当に聞いたら、日本の3倍ぐらいの問い合わせ量があるそうです。

翻って日本企業はというと、問い合わせてくる各担当者に権限が与えられてないから、誰かが何かを実現したくても社内全員の総意を取らないといけないのか意志決定プロセスが極端に遅いし、年功序列だから何かの結果を出しても自分の賃金に反映されないし、欧米のように下克上的に部下が上司を追い抜いてポジションが上がることのない和を重んじる社会だから、会社で結果を残していくというよりは社内の和を乱さずに言われた事をこなしていくことに注力しがちになって、結果何かを変革していくことのハードルが大分高くなってる印象です。

変革が起こりにくいからとりあえず
現状維持になってまうし、自分の担当する商品が”外国製だから信用できない”というゼノフォビアのお陰で(国産品が信頼できるという感覚は分かるけど)せっかくのいい製品も検討の俎上にも上がらない場合もあるしで、本部長と話しをしていると日本企業の閉鎖性と腰の重さがかなり歯がゆいんだろうなというのがかなり伝わってくるのですが、そんな亀のように遅い日本の状況を嘆きつつも彼の根底には日本企業にデジタルマーケティングを普及するという理念や使命感のようなものを強く感じます。

勿論マーケティング本部長という職責上デジタルマーケティングの普及というのは彼の職責の範疇なので、彼がそれに一所懸命に取り組むのは当然ではあるのですが、それを差し引いても雇われの身でありながらまるで崇高な理念を持つ職業人のように仕事に取り組んでいるその姿勢や、強い理念こそが本部長をこの競争の激しい転職社会において今のポジションに至らしめる最大の理由なのかなと思います。

最近自分もつまらない仕事なんか早く辞めて雇われてる状態から早く抜け出せないか(ビザの関係ですぐには無理だけど)、とかいろいろ考える時間が増えてきてたのですが、思うにこの先個人事業主としてやっていく場合や、あるいは雇われの身として会社で働き続ける事を選択したとしても、「理念」という崇高な言葉で表されるようなものでなくても、お客さんから選んでもらうために「その他大勢にはない色」が必要になってくるんだろうと思います。

自分の身近な個人事業主の例でも、例えばオーストラリアにワーホリで来る時にお世話になったAPLACの田村さんなんて元弁護士なのにオーストラリアまでやってきたというだけで個性有りすぎて濃い色してるし、名古屋の古橋君とかも塾経営なんだけど英語を全面に押し出す事で色がついてるしで、やっぱ何かしらその他大勢から抜け出すための色が必要だし、

雇われる場合においても、採用担当者(お客さん)の目に止まるということが必要なわけで、その為には「他人より抜きん出る為の何かを持つ」というのは自営でやってくのと変わらないと思うので、どっちに転んだとしても結局「何かしら他人と違う色」は必要なんだと思います。

そうじゃなければ競合他社に埋もれて価格競争にさらされて埋もれていくのがオチだったりすると思いますし、以前にプログラミングで飯が食えないかと思って少し勉強してたことがあったんですが、プログラミングが好きな人らと比較すると、自分なんて後発の後発だし、一日中プログラミング言語をうってても苦にならない人間がいる事実を考えると彼らの技術力やスピード、知識には絶対敵わないだろうし、

仮に仕事をもらえたとしても下請けの下請けの下請けで時給も雀の涙ぐらいしかもらえずかなり効率悪かったりする可能性もあるだろうしで、彼らと対抗するためには例えば確固たる技術力はもとよりお客さん取ってくるための営業力という「色」が必要だし、それこそ一日中プログラミングしてても苦にならないという「色」が必要になるんじゃないかと思って、すぐに手を引いてしまいました。

何より何かしらの理念のないまま取り組んでいることってすぐにネタ切れになったりして長続きはしないだろうし、雇われの場合においても仮に理念がなかったとしても、仕事を面白く感じることなんてないだろうから、理念を持って仕事してる人と比べると仕事の楽しさ半減、苦痛倍増で良いことないように思います。

自分の色がどんな色かっていうのは自分が今まで生きてきた中で見えてきた自分の特性だったり、好き嫌いだったり、自分の頭を使って進んできた道だったりとかをマトリックス的に掛け合わせて出て来るんだと思いますが、自分の場合はブログタイトルの「飯さえ美味けりゃ」ってのが大元の価値観としてあるわけで、これも普通のワーホリだったらそんな好き好んでやらないようなWWOOFを酔狂にようにやりまくってたお陰で形作られたものだったりするので、これを大事に磨き上げてこれから世に押し出していくことでオレ流の「色」がついてくるのだと信じてます。


(写真は夏のトンガリロ山にて)