モテること(3)


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オークランドNorth HeadからのCBDの景色





つらつらと書いてるこのモテることというのは単に異性との交遊目的のみならず、あらゆる好影響をもたらすもんだとモテる人間を見ていて強く思います。

正直性格面で問題ありの自分はこれまでモテてきた経験ことなんかないし、(今思えばアプローチ受けてることに気づいてなかったというのもありますが、それに気づかないのも経験不足から生じる鈍感さが要因だった)、あまつさえ見た目的にも言語的にも総じて劣る海外に来れば何をかいわんや的な状況であって、でもそんな中でも自分の可能性を信じてるし、「他人がモテて自分がモテないはずはない」というセルフエスティームの高さだけを武器にこないだからジムに行き始めて、重い鉄の塊を上げ下げしてる時は「コノヤロー絶対モテてやる!!」とか心の中で言いながらやってます。


正直なところ海外来てからも、今の会社でもそうですが自分ってマジでイケてないです。

会社の中の全員がそうではないですが、
ガタイの良い奴は多いし、人間的にも良い奴らが多いし、楽しいことは楽しいと感じる感受性豊かな奴らが多くて、そんな奴らの中に囲まれてメガネかけてサラリーマンぽい髪型して何だったらちょっとひねくれてるから感情もちゃんと表現できなくて黙々と仕事してる自分が情けなくなってくるぐらいに、生物としての魅力のなさが浮き彫りになってきます。

だからモテたいというわけではないですが、リア充とか自尊心とか他人の価値観に重きを置いた観点からではなくて、モテることの効用を考えてみた場合に絶対にモテた方が人生は豊かになると思えるというのもあります。

モテる奴らは人間関係構築能力に秀でると(2)で書いたのですが、そういう人らは大体において人との接触が絶えなかったりするから、常に人に囲まれて元々秀でる人間同士の機微にさらに秀でるようになるし、自分に対しては好意的に接してくれる人ばかりだから精神的にも満たされていきます。

友達が多い=人間的に価値があると言ってるのではなく、性別関係なく人から好意的に接してもらえるような自分になる=モテるようになるということは心的な弾性を生んで精神的充足感が生じますし毎日が楽しくなって自然と相手に対しても懐の深さみたいなものが出てきてそれが好循環になってまた人から好意的に対応してもらえるようになるんだと思います

人によってはそういうリア充みたいなやつに嫉妬してしまう人間が出てきてそういう奴らに悩まされたりする可能性もあるかもしれず、良いことばかりではないかもしれないですが、自分も何を隠そうそういう嫉妬する側の人間の一人であった(今もそういう瞬間がないわけじゃないけど程度としては大分弱まった)わけで、素直に感動出来なかったり、人がやたら楽しそうにしてるのを見てると「つまんねーことではしゃいでんじゃねえよ」とか思ってたタチがあるので自分も前科者です。

なんでそういう精神状態になるかというと、そもそも精神的に満たされた経験がないから人が無闇矢鱈に楽しくなってしまう精神状態があることを知らないから、そういう人達を見てると「バカ」みたいに見えるし、どこか斜めに物事を切って自分は特別だから他のバカ共とは違うクールなやつなのだという中二病的な精神状態になってしまってたりするからだと思います(多分に自分を振り返ってみてそう思う)。

逆に満たされた人というのは自分に余裕があって追い込まれてないから心の弾性が豊かになってるので世の中にある物事の何を見ても感動したりするし、小さな出来事でも幸せになることが出来ますし、自分が満たされてるから他人に対して優しくなれるし、とにかく楽しく過ごそうというポジティブな精神状態になるという効用があって、
大体において何をするにも他人から好意的に接してもらえるようになって、それがまた今度自分が他人に接する時に繰り返されて、、という感じでモテるっていうのはつまり幸せが幸せを呼ぶような好循環なサイクルが生まれるのが最大の効用なんじゃないかと思ってます。

勿論モテるようになればモテる人の悩みみたいなのは大小あるでしょうし、自分がそういう状態になったことはないのであくまでこの2年ぐらいモテる人の人間観察してたら「たぶんそういうことなんかな」という風に思いながら書いたのですが、まあもし本質が喝破できてなかったとしても見た目がよくなることはモテることへの第一歩ですし、百徳あって1−2害ぐらいしかないでしょうからまあ気にしないでもいいでしょう。



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