理想の働き方生活とは

前回のHuon bush retreatと同じHuonville近郊にあるホスト先での滞在が先日終了した。これでちょうど10件のウーフ・Helpx先を訪ねた事になる。
記念すべき10件目のホストはceramic(陶磁器)作製を生業としており、ハンガリーとフィンランドからの移民夫妻がホストだった。
彼らの職業はceramic artistである。洋の東西を問わず何かのartistとして生計をたてるのは楽ではないと聞く。事実このホストも例に漏れないとホストマザー自ら証言する。
儲かるアーティストというのは”政治”がうまい人の事だとマザーから聞いた。この世界ではアート作品の上手い下手もさることながらやはり業界内で顔が利かないと大きな個展を開いたりそれなりの生計をたてるのは難しいそうだ。
ホストの住んでいる家や車等を見ていると失礼ながら裕福な暮らしぶりには見えなかった。
ただ彼らの生活はお金ではない何か違う原理で動いているように感じ取れた。
それを強く感じた理由は10件のウーフ滞在の中で一番笑いに溢れた生活をし、前回のHuon bush retreatのものとはまた違った充実感があった事が大きく影響している。
まず彼らのもとを訪ねてくる友人の多さに驚く。偶然だったのかこれが日常だったのかは分からないが自分の滞在中軽く数えて10〜15人以上は新しい人に出会った。職業も同じアーティストから医者、退職者、絵本書きの人までいた。
social(社交的)な機会が多いオーストラリアとはいうもののパーティでもない限りここまで多くの人が訪ねてくる家庭は初めてだった。一重にホスト夫妻の飾らない人柄に惚れてる人々が多いのだろうと推測する。ホストは夫婦という枠に囚われずお互いが無二の親友のようにも感じる。そういった自然と溢れ出てくる邪鬼のないオーラのような雰囲気が私含め他人を魅了しているのかもしれない。
また彼らの話しぶりや表情から暗い話しは聞こえてこない。日常に影を落としかねない家庭事情がある事もホストから聞いたがホストファザーは常に冗談を言って場を和まそうとする。
初日にファザーからwe try to laugh(常に笑っているようにする)と言われた一言が頭にずっと残っていた。ニヒルに笑うとか無理して笑顔を作るという事ではなく、積極的に良い雰囲気を作るという意味と私は捉えた。それに合わせたわけではないが私も腹の底から笑う事が数回あった。
この2ヶ月間、間断なく次から次へホストを訪れていたので少し疲れていた部分もあったが随分助けてもらったように思う。別に無理して笑うとかするわけでもなく自然とリラックスする事ができた。
またここでは働く意義について考えさせられた。
上に述べたようにホスト夫妻は特に裕福な暮らしぶりには見えなかった。実際の懐事情というのは知るすべもないが一緒に生活していればおよそのあたりというのはつく気がする。お金というのはあるに越したことはないし、稼ぐ術を知っていればそれに越したこともない。ただやはりお金だけでは幸せにはなれないのだろうしお金がなくても幸せそうに生活しているこのホスト夫妻を見た事で自分の中の何かに変化をもたらした気がする。
滞在中はphysical work(肉体労働)を積極的に行ったがそれは体を酷使した後に飲むお酒やご飯がとにかく美味いからだ。ご飯が美味ければ美味いほど幸福度が上がった。特に採れたての野菜を毎回食事に使う事で自分が食べるものが常に新鮮だった事も大きく影響している。
仕事が終われば楽しくおしゃべりして好きな本でも読んで夕暮れ時にはスズ虫の音色を聞きながら一日が終わる。
またホストマザーがフィンランドからの移民である事も関連しているがこのホストはオーストラリアでは珍しく手作りのサウナを持っていた。タスマニアは寒暖差が時として暴力的になる。冷え込む夜が見込まれる場合はサウナを準備して私も2度ほどお世話になり、サウナを浴びた夜はよく眠れた。
そんな時間に追われない日がずっと続けば自分の中の幸せの価値観というものが自然と変わった気がする。
ホストは誰か他人の為に働くのではなく自分達の為に働くのだから辛くはないと言う。私もホスト夫妻の生活の一助となるべく必要とされる事(whatever needs doing)は積極的に行った。
自分はこの夫妻の家族というわけではないが自然と協力したくなった。何故そうなったかは彼らの飾らない人柄もあるが、自分が信頼されていると感じるか否かが関係しているように感じた。彼らは仕事や起床時間等にうるさい人達ではなくかなり私に裁量権を持たせてくれた。他の人はどうか分からないが自分という人間はあれこれ指示されるより自分任せにしてもらった方が仕事がはかどるような気がする。
ウーフの本やHelpxを見ているとunsepervised、without supervision(監督なし)で仕事をする事を求めるホストもちらほらいる。これまでに訪れたホストでも一人で仕事をする事は多かったが今までのそれとは何かが違う。それは自分の限られた稚拙な表現で表せるものではなくうやむやしたものになってしまうが私自身はこのホストから信頼されていると感じた。相手の表情や話し振り、気の遣い方である程度それは感じる。
他人をある程度信頼するのも重要なのだと思った。自分は信頼されていると分かれば粋に感じる人間のように思う。
もし自分がこのホストと同じ立場になったら果たして同じようにできるだろうかと考える。おそらく人を見て信頼の配分量を変える事になるかもしれない。ただ少なくとも一から十まで相手を信頼せずに束縛してしまうのは良くない。
人間が中心になって動いているこの世の中で一番難しい事の一つは相手を信頼する事なのかもしれない。今は多くの人間に会って自分の鑑識眼が養われているはずだ。簡単な事ではないから一歩づつ成長していけばいい。
ここでは自分にとって理想的な働き方や自分が気持ちいいと感じるポイントのようなものが多少分かったような気がする。自分が気持ちよく感じるポイントなどいくらお金があろうが誰に教えてもらう事もできない。それが少し分かっただけでも大収穫だ。
将来は自分の家にサウナを設置しているかもしれない。そんな事を想像しながらこの地を後にした。
写真はホスト手作りの竈。魔法陣グルグルに出てきそうな

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敷地内にあるこれまた手作りの灯籠のようなもの

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玄関先で育てられている葡萄。ポッサム対策でネットが張り巡らされている

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南スーダンからの難民と出会う

ブルーマウンテンズ

Huonvilleからタスマニアの州都ホバートへ戻る為にヒッチハイクをした時の事だ。
50台ぐらいヒッチハイクを試みたがなかなかうまくいかない。雨もポツポツ降っていたので早めに車に乗りたい気持ちが高ぶっていた矢先に小奇麗な軽自動車が止まってくれた。
中を覗いてみると白い歯を見せながら笑顔を浮かべている黒人が運転手だった。
ホバートまで行くという事だったので相乗りさせてもらった。
黒人を相手に話すのはオーストラリアに1年以上いるが初めてだったせいもあり、最初は身構えた。
御礼がてらおそるおそる話しをしていると彼は南スーダンからの難民という事が判明した。
「南スーダン?」
私が南スーダンについて何も知らない事を一言詫びを入れた上でその国で何が起こっているのかを彼に聞いてみたところ、キリスト教とイスラム教の宗教対立によって多くの難民が発生している事を教えてくれた。
穏健派が多いキリスト教徒に対して、暴力的手段を厭わないイスラム系が弾圧をする場合がほとんどらしく、この運転手もそんな宗教対立に巻き込まれたキリスト教徒の一人だった。
現在ではFishery(水産業)に携わっており、かれこれオーストラリアにきて10年近くになるそうだ。
今では家族も呼び寄せここタスマニアで生計を立てている。
「オーストラリアはお金がいいからね」とはにかんだ笑顔からは内戦の匂いは感じ取れない。
今から仕事だという彼は仕事場の道中にある自宅に立ち寄った際コーラ一缶を餞別にくれた。
冷蔵庫にあったのかしっかりと冷えていた。
彼はホバート市内で私をおろしてくれた後、そのまま仕事場へ向けて走り去っていった。
自分はここから北へ200キロほどまた移動する事になる。
コーラを飲みながら次の旅先での計画をたてた。

filming in Huon Bush Retreats

前回記したように滞在していたHuon Bush Retreatでプロモ用にCMとWeb用の撮影があった。お伝えした通り私もcrazy Japanese tourist(一眼レフカメラで写真を撮る典型的な日本人という設定)として後ろ姿だけではあるが出演する事になった。
撮影は12時からだったが撮影クルーが40分程遅れた。何故かモデルさんは10時から入っておりPaulと出演するもう一人の従業員と供にクルーがくるまでリハーサルをした。
以下リハーサルの様子

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ようやくクルーが到着

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そしていよいよ撮影が始まった

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このカメラ前にいる男女であるが地元タスマニアでは有名なラジオパーソナリティーのKylie と Daveである。私は当然ながら誰だか知らずに言葉を交わしたが人当たりのよさや如才のなさはさすがだと感じた。
今回のプロモ撮影はこのHuon Bush RetreatだけでなくHuonville一帯にある観光業者20箇所が共同で参加しており、彼らKylie と Daveはそれぞれの場所でプロモ撮影をするらしい。でもって今回はラジオからテレビへ進出する為の足掛かりなんだという完全なるプチ情報をPaulが撮影終了後に教えてくれた。
彼らの撮影が終わるといよいよ私の出番である。といってもカメラで写真を撮っている様をすればいいだけなので大した仕事ではない。スタッフの一人が私に向かってこの出演をきっかけに映画出演もあるかもよなんて茶化したのは言うまでもない。

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私と一緒に出演しているのはオージーのモデルさんである。私が日本から来たと言うと日本に観光しに行った事がありえらく好印象を抱いたそうだ。人々も礼儀正しかったと褒めちぎってもらえた。
毎回思うが旅行に行ってその国が好きになるかどうかは人の要素が大きいと思う。
いくら総理大臣が外遊してお金をばら撒いて良い事を言ったとしても日本を好きにはなってくれない。やはり自分のような一日本人がそれぞれナイスに振る舞って日本の印象を良くしている部分が大きいと思う。
私も日本の一スポークスマンとしてどれぐらい貢献できているかは分からないが日本を好いてくれる人に出会うと嬉しくなるし日本の事についてはまだまだ勉強不足ではあるが答えられるようにしておく必要がある。
その他デックでの朝食風景の撮影

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撮影に使われた朝食セット

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屋外風呂での撮影

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この撮影の後ワラビーの撮影をして全ての撮影が終わり合計で約2.5時間程で終了した。
日本でこの種の撮影に立ち会った事がないので比較できないが、こちらでは演者からクライアントからクルーから全ての人間が意見を出し合い撮影を進めていたのが印象的だった。
クライアントであるPaulも良いものを作る為に積極的に意見を出していたしオージーのモデルさ
んも自分の意見を撮影クルーにぶつけたりしていて平等な関係でもって物事が進んでいる印象だった。
誰か一人が偉ぶるわけでもなくちょい役の私にも気を遣ってくれたりと立ち位置に上下の差はあまり見られなかった。
CMは明日3月1日から一ヶ月間、Huonville一帯にある異なる観光業を営む事業者20箇所それぞれに関するCMが流れる事になる。
southernX channel(6ch)の毎夜18時台のニュース時間中にCMが流れるようだ。
Web用は同じくSouthernX TVのWebsiteにてご覧頂けるらしい(2月28日時点)。
check it out

ウーフ9件目 in Huonville

オーストラリアにセカンドビザで戻ってきてちょうど3ヶ月が経過した。2月16日からは約1ヶ月近く滞在したLaunceston近郊を離れ州都Hobartの南約40kmのHuonvilleにあるHuon bush retreats(山奥にあるキャンプ施設兼保養所のようなところ)にてwwoofをしている。
Launcestonからはバスを2回乗り継ぎ一気に200km以上南下した形になる。
ここにはwwoofを通して来ているが野菜畑があったり牛や豚などの家畜類がいるわけではない。
この施設はPaulとMichealの男性二人により管理されている。
彼らは同性愛者として結婚している事を初日に知ったが、来る前に男性名が連名であったのである程度は予想していた。
それまでに同性愛者の人と面と向かって喋った事がなかったので正直自分の中に若干の不安のようなものがあったが会ってみたらそんな不安などすぐに消え去った。
多分何かしらの偏見が自分の中にあったのだと今になって思う。
自分の事を棚に上げるわけではないが宗教や文化、人の趣味嗜好に至るまで自分にとって未知のものというのはいつだって偏見が抱かれがちだと感じる。
いろんな人間や文化を知る事で自分の中の偏見や差別意識は根本から消え去っていく。
少なくともオーストラリアに来てからの自分は常にそんな感じだ。
Michealは普段街に出て働いている為もっぱらPaulと仕事や生活をする事になる。彼は過去に5年半という時間をかけて自転車でヨーロッパから中国までのユーラシア大陸を回ったことがあるらしくおもしろい話がいくつも聞けた。
パキスタンから中国新疆ウイグル自治区に入国した時は国境間が100km以上空いており厳しい自然環境の為に住む人は見当たらなかったそうだ。
それと中国の西側というのは一般的に抱く中国人のイメージとは違っていた。
会話がトルコ語(Turkish)・宗教はイスラム・ただし文字は漢字を使うという中東と東アジアの境のようなところらしい。
地図で確認するとパキスタンとの国境沿いには標高5000mを超える山脈があり、彼はこの山脈を超え誰もいないタクラマカン砂漠を抜けて新疆ウイグル自治区のTurpan(以下ターファン)という場所に辿り着いた時には海抜は-130mにまで下がっていたそうだ。
彼はターファン到着時にはスーパーマンになったような感じがしたと笑いながら言っていた。
ターファンに来る前までは高地に順応した身体になっている為少ない酸素でも生きていけるようになっていたのがターファンは海抜以下に位置しており充分過ぎる程の酸素を取り込める為だ。
当時の写真を見せてほしいと彼にせがんだところほとんど写真は撮っていないという答えが返ってきた。超貧乏旅だった為カメラに回すお金がなかったのだそうだ。自転車にテントを乗せてヨーロッパからシルクロードを抜けて香港まで旅をしたのだから様々な景色を五感で感じた旅だったのだろうと想像する。
旅の大先輩の偉業を写真で目にする事ができないのがここへ来て唯一悔やまれる事だったかもしれない。
PaulとMichealはこのRetreatを10年以上経営しており世界各国からやってくるゲストを相手にしてきた。もっぱらPaulがゲスト対応しているが彼はただ単に客を迎え入れるだけでなく各国の文化的側面や民族的傾向を学ぶ事も忘れてはいない。彼の学ぶべき点はそれを自分のビジネスにきちんと生かしている点だと感じる。
中国人に関する考察は聞いていて面白かった。中国人といっても一括りにはできないが彼の言う中国人はsave their face(メンツを保つ)の為ならお金は厭わない民族なのだそうだ。
簡単に例を出すとツアーで(このretreatではなく別のホバートとかのホテルに)やってきた中国人団体客のまとめ役のメンツが(ホテルの手配が取れてなかったりで)潰れそうな時、Paulが多少高い値段をふっかけて宿を提供しても中国人はお金を惜しんだり文句を言ってくるどころかメンツを保てるので感謝してくるそうだ。
彼は謙遜して別に深い洞察はしていないと言ったが日本人に対する民族的傾向→メニューや詰め合わせを重用しオリジナリティを持たない、皆と同じでないとだめ、権威主義(大阪人を除く)などの分析はあながち間違ってなかったので中国人に対するそれも恐らく大方当てはまっていると思う。
中国人も日本人も旅行をする時は行程表通りに進まないと気が済まないらしい。もっとも日本人はここ20年でリラックスする事を覚えたようで中国人ほどはせかせかしなくなったというのがPaulの分析による最近の日本人の傾向なんだそうだ。
経済は落ち目だが旅を楽しむ日本人が増えているという事だろう。喜んでいいのかどうか複雑ではある。
ここでの仕事はとてもflexible(融通の利くもの)で多様なものだった。ある日は裏山に登って山道整備をしたり、ある日は薪割りをしたり、ある日はhousekeepingをしたり、ある日はコンポストトイレの交換の過程を見せてもらったり、ある日は山から引いている水パイプの修理をしたり。
これはPaulの気遣いに依拠するところが大きい。彼は意識的に毎日違う仕事を振り分けてくれwwooferが単調な仕事に飽きないよう工夫をしてくれた。仕事をする時は彼と一緒だったのも一人で無味乾燥気味に陥らないようにする為の配慮が感じ取れた。
1日の大半は行動を共にする為必然的に会話量も増え彼らの事を知る機会も多くなった。
これまで10件近くwwoofをしてきてこのあたりの事を意識的にできているホストはあまり多いようには感じない。もちろん彼らにも生活があるし振分けられる仕事も場所によっては多くないので限界があるのも納得がいく。
もしかすると私の気付かない部分でホストが気を遣ってくれていたのかもしれない。
しかしホストの事をほとんど知らないまま去った場所もあるし喋る時はご飯時だけというやや物足りないところがあったのも事実ではある。
それが良いか悪いかは別として数を回ってみないと見えてこない事であるのは間違いない。
何をもって納得とするかは人それぞれだがホストとの交流という意味で納得のいかないwwoofライフを送っている方がいれば是非とも数を回ってみる事をお勧めする。
それとここではセカンドビザ取得要件が満たせないので過去に滞在した日本人は一人だけだったそうだ。それよかアジア人そのものもほとんど来たことがないらしい。タスマニアに来てからここへ来るまでに訪れた4件中3件はビザ要件を満たせるので日本人を過去に大量に受け入れた事があると言っていた。ビザ目的以外でwwoofをするワーホリなんてマイナー中のマイナーなんだと感じる。
来る3月2日に次のホスト宅へ移動する。
ここではほぼ100%に近い満足度の生活を送れた。一重にそれを提供してくれたPaulに感謝するしかない。
因みに私の滞在中にこのRetreatのプロモ用に撮影があり私もcrazy Japanese tourist(Paul命名)として後ろ姿だけだが出演している。
CM用とWeb用があり明日3月から一ヶ月間テレビで流れるらしい。オーストラリアにいる方には注意深く見て頂きたい(笑)
撮影当日の事は次の記事で書いているのでそちらも見て頂ければ大体の雰囲気は伝わるかと思われる。
写真はこの場所で飼われているwallaby

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滞在していた場所。chimney(煙突)からは煙が

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WWOOFing with ドイツ人夫妻

本日セカンドビザで戻ってきて8件目となるウーフ生活を終えた。居心地が良かった為2週間以上過ごした。何を隠そう前回(Mt. Arthurの)記事に出てきたホストというのはここの事である。別に隠したつもりはないが。
ホストはドイツから25年前に移民としてやってきた夫婦である。彼らは当初オーストラリアに移住するつもりはなく1-2年滞在したらドイツに帰るつもりだったらしいが、最初の数年で生活基盤が出来上がってしまった為に移住を決意したんだそうだが、移住を決意するのも納得がいく住み心地の良さであった。
家の正面から

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ダイニングルーム

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キッチン

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この自宅であるがホスト夫婦による手作りだと聞いて驚いた。生い茂っていた木々を倒し一から土台を組み上げ完成には数年を要したと話していた。半径100m以上に渡って人は住んでおらず、また高台に位置している為見晴らしも抜群でPeacefulライフと呼ぶに相応しい住環境だ。また天気が良い日にはdeckで毎回食事をするのだがこれがまた気持ちが良かった。
deckからの遠望

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deck

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私が滞在中住んでいた離れの小屋

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中には綺麗なキッチンと同じく遠望できるバルコニー

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ここに住むホストファザーは家具作り一筋の職人で自宅に自前の工場を構えている。

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職人らしく炊事、洗濯から料理に至るまであまり得意な人ではなかった。
ファザーからはHuon pineという世界でタスマニアにしかない木がある事を教えてもらった。なんでも一生腐らないものらしく現在では伐採に許可が要るらしい。
こちらがHuon pineを使用した家具。

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その他製造途中の家具

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彼はここで作った家具を店に卸す為に数ヶ月に一度200km以上離れたホバートまでトラックで運んでいるそうだ。店の立地が良いため今のところ自宅に店を構えて自分の家具を宣伝するつもりはないらしい。
マザーはnursing home(老人ホーム)で働いている。私の滞在中にちょうど15年働いた勤務先を退職した日に出くわした。なんでもかなりストレスの溜まる勤務先で徘徊する人やご老人から罵詈雑言を浴びるのは日常らしい。確かに老人介護の現場で働いている人からそういう話しを聞いた事がある。
退職した翌日には彼女のささやかな退職記念パーティが催された。また違う職場で働くらしいが今度の勤務先はさほどひどくはないらしい。マザーの話しぶりや表情からそれが窺えた。
彼らはドイツ移民という事もあってドイツに関する様々な事を教えて頂いた。一つ驚いたのはドイツにはつい最近まで徴兵制があったという話だ。
日本と共に完膚なきまでの敗戦を迎えたかの国では冷戦のあおりを受けてソ連の脅威に対抗する為西ドイツにおいて再武装が米国等の戦勝国側に認められたらしい。(wikipedia参照)
18才以上の男子は徴兵の対象になるが、徴兵される代わりに軍隊と同じ期間病院か老人介護施設等の社会福祉施設で社会貢献するという一応の逃げ道もちゃんと用意されていたようだ。
因みにホストファザーも当然ながら徴兵の対象だったが彼は病院での福祉作業を選択した為軍隊には行ってないとの事だ。
余談だが韓国はもとより台湾でも徴兵があるという事をオーストラリアに来て初めて知った。所属先にもよるだろうが本格的に鍛え抜かれたという話も聞くし、あれはフェイクだと言う奴もいた。一般の日本人男子には未知の世界だ。
またドイツは意外にもグルメな国かもしれないとマザーの話しを聞いて感じた。ドイツでは外食が旺盛で値段もオーストラリアより安いそうだ。私の推測だがトルコ系移民が多いため彼らがもたらす料理がドイツ人の舌を肥えさせている可能性もある。
それが証拠にかマザーの料理も美味であったしこれまで食べたドイツ系の料理に裏切られた事がない。”ドイツ系の料理”と非常に抽象的ではあるが少なくとも自分の料理不毛の地ドイツというイメージが変わった気がする。
オーストラリアに滞在しているが主にヨーロッパからの移民に出会う確率が高い。今後もいろんな国のイメージが変わったり知らなかった事に出くわすかもしれないが、なにより自分の視野や見聞が拡がっていく感覚が何とも言えず気持ちがいいのである。

Mt. Arthur 登頂記 in Tasmania

今住んでいる山を切り開いた家の裏手にMt.Arthurという標高1190mの山があるとホストより教えてもらった。
オーストラリアにやってきてからいわゆるbush walkingというのをやったことがなかったので翌日にでも登ってみたいと申し出たところすんなり許可が出た。
年に1~2回は登頂するというホストによると家から登山口まで約1時間かかり、登山口から頂上まで登って再び登山口まで戻ってくるには5時間かかるらしい。そして再び登山口から家まで戻ってくるのに約1時間かかるから少なくとも7時間はかかるだろうという見通しらしい。
正直そんな本格的な登山など日本にいる時にもほとんどやった事がなかったので登りきれるか不安であった。ただホストからは頂上に登り切るのが目的ではなく楽しむ事が一番重要だと言われ、充分楽しんだら途中であろうが引き返してきなさいと助言を頂いた。
また今回のこの行動の目的は上に書いた事だけではなく、ここに長年住むホストと同じ光景を見たり体験したりする事で大げさかもしれないが気持ち的に同化できるのではないかと思ったのだ。
その場所に長く住む人間には何らかの理由というものがあると思う。それを言葉で正確に全て表す事ができない場合も往々にしてあるだろうが、それを知る為には同じ風景を見たり聞いたり体験したりする事も私は重要なのではないかと思ったのだ。
能書きは以上にして、前日は睡眠だけは確保しようと夜10時にベッドに向かい翌朝は8時に家を出た。
まずは登山口を目指すわけであるがこれが意外ときつい。ほとんどけもの道のようなところを歩きアップダウンもそれなりにあったのでかなり汗をかいた。
登山口へは1時間もかからず45分程で着いたが登山口の目印であるこの看板登山口看板
を見つけられず行きすぎてしまい30分程時間をロスしてしまった。
そしてようやく登山開始。いきなり傾斜のきついところから始まり再び大汗をかきながら登ってゆく。
途中大木が横たわっていて木を跨いだり体をかがめないと通れないところもあったりとなんだか気分は藤岡弘、のようである。
道を塞ぐもの4
道を塞ぐもの3
道を塞ぐもの2
約1時間程登ったところで誰かが作ったと思しき人口の休憩所が設けてあったので一旦ブレイクする事にした。もってきたチョコレートで糖分を摂取し水を500ml程飲んだ。
休憩所
休憩所でのチョコ
多分15分程休憩していたと思うが汗が風に冷やされて体が冷えてきた為慌ててジャケットを羽織り再出発した。しかし再び大汗をかいてきたのでジャケットは1分程度でまたお役御免となった。
この休憩所以降は岩がごつごつと足場に見られるようになり景色も少し変わってきた感じがした。しかし依然として周りは木々に囲まれており開けた景色は一向に見えてこない。
岩場の多い道
登山口まで
それどころか木々の間からも景色が全く見えないので段々ストレスが溜ってくるのと同時になんとしても頂上に登ってパノラミックビュー(全景)を見てやるという気持ちになった。基本負けず嫌いなのである。
さらに登ってゆく。基本登山道にはこのような目印があり迷う事はない。
目印
この目印が見つけられない場合は自分が迷っている証拠になるので、言ってみれば命綱のようなものである。
休憩所からさらに40分程だろうか。ひたすらに登っていると少し開けたところに出たのである。
開けた頂上手前
ついに頂上か!?と気分が高揚したが早とちりだった。
小さな小屋を発見し中に入ると山の地図やこの山に関する情報が書いてあるだけであった。
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しかしよーく地図を見てみると今自分は標高1000m付近にいるらしい事が分かったので頂上までもう少しだと気合を入れなおし再出発した。
あと少し。。。
目印2
あと少し。。。
頂上まであと少し
ん!?
おっ少し光が
登山口まで2
おおぉ光が強くなってきた!
頂上手前
そして、、、
おぉぉぉぉぉ!!!!!
頂上3
頂上
頂上4
ようやく頂上についた。いや正確に言うと頂上までもう少しのところであるがそんなのはもはやどうでもよかった。写真をクリックして頂ければ拡大されるので少しは感動は伝わるかもしれないが、やはりこの目で見た景色に勝るものはない。
目的の箇所(全景が見える場所)までこれた事に対する満足感とそれまで一切景色が見えなかったストレスが一気に解放された事も相まってここ最近にないぐらいテンションが上がってしまった。
叫びたい放題叫んだ。圧倒的なまでに気持ちがよかった。
もう言葉で説明する必要はなく登りきった人間だけにしか味わえない快感だと思った。ここまで気持ちがいいとは思わなかった。負けず嫌いな性格が功を奏した瞬間である。
岩に腰かけ持ってきたサンドイッチとリンゴを食べた後は何も遮るもののない空間で風と一体になったような気になりながら目を閉じて少し横になった。
私の他に登山者はいない。人気の少ない場所というのはオーストラリアにきてからは慣れているがおそらくこの時は半径100~200M以上に渡って誰もいなかったのだと思う。何も人工の音も聞こえずただただ吹き付ける風の音に身を置いていると自然と地球に対して畏怖の念を抱いた。
頂上付近には30分程いた。その後もちろん帰路についたが帰りはほとんど事務作業のようなものであった。いかにケガなく安全に帰るかという事だけに集中した。
昼の2時過ぎに家に着き合計6時間程で帰ってこれた。途中登山口の看板を見逃したりする事がなければもう少し早かったに違いない。
興味本位で唐突に言いだした今回の山登りではあったが何でもチャレンジすれば意外とできてしまうものだ。それと同時にここに25年以上住み続けるホストの理由も垣間見れた気がする。

この世の終わり?

現在滞在中の山小屋から見えたdusk(夕暮れ時)の写真。
近所の方々が集まって家の中で食事をしている時に誰かが「おい、外を見ろ!」と言わんばかりに発見。
珍しい雲の形や夕焼けの反映具合がまるでこの世の終わりかのようだった為そぞろそぞろと皆さんデッキに出て写真撮影会開始。

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環境センサー増幅

wwoof生活も早くも7件目である。2ヶ月弱で7件である。
この間クリスマスホリデーと正月を挟んでペースが落ちた事を考えるとそれなりに早いペースで回っている気がする。
これまでを少し振り返るといろいろな人がいるという至極当たり前の結論に至る。
あえて言う必要性などないが、やはり全員が全員良かったわけではないし、相性が合わない人もやはりいる。
何が良くて何が悪いかはその人次第であるが、1つだけ多くのホストに共通する事柄がある。
地球の環境保護についてかなり意識的な人が多いという事だ。
ここタスマニアでもそれは顕著に垣間見れた。
前回記したチリからの移民であるホストはかなり気を使っていた印象だ。
日本語の「mottainai」を常々使用していた事からもその意識の高さの一端が垣間見れた。
作った食べ物はゴムべらですくい取って少しでも廃棄がないようにしていたし、太陽光発電や水の使用制限などは彼らの日常である。
私も郷に入っては郷に従えで彼らの生活に準じていたわけであるが、水が豊富で、電気料金も目が飛び出る程高くない日本からやってきた者には少し窮屈に感じてしまうだろう。
オーストラリアでの生活が1年以上にもなる私ではあるが、シャワーをついつい途中で止めるのを忘れてしまったりと未だに慣れない部分というのはある。
印象的だったのはこのホスト宅に住んで数日が経過したある日ホストファザーが眉間にシワを寄せながらホストマザーに話しかけていた際の会話だ。
どうやら日没が近づいているにも関わらず気温の下がり方が鈍いという事を言っていたらしい。
温度計を見てみるとまだ20度近くある。
ファザー曰くタスマニアに来てからこんな事は初めてなんだそうだ。
その言葉を聞いて地球温暖化について頭をよぎった。誰かのフェイスブックの投稿で今年のタスマニアは例年にない温度の高さであるという記事を投稿しているのを見かけたのを思い出した。
現地に住んで40年以上のホストが言うのだから、余計にその記事の信憑性が自分の中で増した。
最近まで知らなかったが「クライメート事件」という事件が何年か前にあったらしい。
wikipediaによると温暖化方向に話をもっていきたい人間がデータを改ざんしていたのをハッキングによってそのような事実はなかったという事が明るみになったというのが事件の概要であるが、wikiの最後の方を見ていると結局そのデータは偽装されていなかったと書かれている。
結局地球温暖化問題はどうなっているのか、原発問題などのように専門的な部分もあるし結局は個々の判断に委ねるしかないのだろうか。
しかしいくらデータが改ざんされようとされまいと、地球は嘘をつかないはずだ。
今いるホスト先でもタスマニアの気候変動についてホストの友人であるおば様方が真剣な顔つきで話題にしている。
日本の縁側で「今年も暑いわね〜」と回覧板を持ってきたご婦人同士が団扇で扇ぎながら話しているのではなく、こちらではかなり深刻な顔つきで話題になっている。
これは何を意味するのだろうか。
ここで私がデータの裏取りをやって地球温暖化について結論を個人的に出すつもりはない。
時間もかかり過ぎるし、今はネット環境が安定していないことにもその原因の一つである。
因みに今はスマホからの投稿である為余計に検証作業は億劫である。
そんな事をせずとも現地の人間がこれだけ話題にするのであるのだから何らかの異変が地球規模で起こっている可能性は全く否定できない。
近年のアメリカでの大寒波などは温暖化とは真逆の現象であるが関連性がないと思えないのは気のせいだろうか。
タスマニアにいると美しい景色に見とれてしまうが、自分の地球環境に対するセンサーがかなり研ぎ澄まされている気がする。
この美しい風景を守ろうとする前出のおば様達が深刻な顔をして議論するのも納得がいく。
タスマニアに行った人の話しを聞くととにかく景色の話題になる。
やはり皆んな同じ事を感じているのだ。誰しもがそんな感覚にさせてくれるタスマニアに来て良かった。
まだまだセンサーを研ぎ澄ませる余地は残っている。
地球上に安心して綺麗な空気が吸える場所がある事が分かっただけでもここへ来た甲斐がある。

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仕事とは何か

このブログを書いてる人

ここオーストラリアに戻ってきて3ヶ月が経とうとしている。
2ndビザを使用しているのだが、1年目が終わった時に唯一心残りだったのがwwoofだった。
前回のラウンド中は正直お金を稼ぐのが主目的になっていた。というよりも個人的な財政事情からそうならざるを得なかった。
日本で返さないといけない借入金があったからなのだが、これではダメだということで1年目が終わり次第日本に戻り実家近くの工場で半年程働いて何とか財政事情は安定化したわけである。
2ndではなく観光ビザで戻ってきても良かったのだが、何か2ndを使わずにいるのが気持悪かった事もあり、申請料金が値上がりしたてではあったが今は2ndを使用して正解だったと思っている。
いざとなれば働いてお金が稼げるからだ。
仄聞程度ではあるがwwoofでもお金を稼ぐ事ができるというのを聞いた事がある。
ホストがレストラン等を併設したりしていて、wwoofの仕事とは切り離して働く事ができるようだ。
実際かく言う私も1年目にHelpxを使用してダーウィン近郊でお世話になった際に併設していたレストランでpaid jobをやった経験がある。
その時は思った程稼げはしなかったが、うまくいけばお金だけ稼いで滞在費用は一切かからない生活もできるという事になる。
今現在の私は差ほど窮乏しているわけではないので、真剣にpaid jobを探しているわけではない。
勿論おいしい話や経験上必要だと感じればまた別であるが、お金ではない何かをwwoofやHelpxでは求めている。
これまでに7件程のホストにお世話になったが目に見える形でお金は勿論発生していない。
ホストによって働く時間もバラバラであるし、与えられる仕事も異なる。
しかしpaid workでは感じれなかったものを毎回得ているような気がする。
一つの例として、私がやったpaid workの中でマンゴーの摘み取りの仕事があった。
これはケアンズ近郊で行った仕事である。
当時はラウンド中終始お金もなかった為仕事をしている時はお金の為に毎朝5時半に起きて週7日労働に耐えながら働いたわけだが、終わってみて感じたのは何とも言えない感情であった。
正直お金は手に入ったが全く楽しくないのである。
仕事期間中は同僚と一つ屋根の下に住んでいわゆる共同生活をしており賑やかさという面では楽しかったが、自分の心の奥底にあったのは虚しさであった。
誤解のないように書いておくとpaid workの全てが悪いわけではない。
お金をもらってプロ意識を持ちながら働いている人もいるし、極度のプレッシャーに耐えながらでしか得られない経験もある。
しかしオーストラリアではあくまで一般的にだが移民がまずおいしい仕事につける可能性はあまり高くはない。
英語が堪能でもスキルがなかったりビザの関係で選べる仕事が限られてしまうのも事実だ。
英語があまり得意でない部類に入る我々アジア人はもっぱらファームでピッキングをやったり、ホテルでハウスキーピングをしたりと差ほど高等技術を要されない仕事が中心になってくる。
そうなると得られるものはお金だけという事になってしまってもなんら不思議ではない。
勿論ファーム仲間の中で知己朋友が出来たり、世界各国から来ている人と働く事で学ぶ事もあるかもしれない。
私個人の場合は台湾に友達が出来たし、これまでの人生でほとんど出会った事のなかったヨーロピアンとも一緒に仕事をし自分の見識が広がったように思う。
それはそれでいいことである。
ただし繰り返しになるが、やはり虚しさが心の大半を占めていた。
この心情は何だろうと内省してみたが、自分がその場所において必要とされているかされていないかの違いではないかと感じた。
こんな話しを聞いた事がある。
あるwebデザイナーのwwooferが本来のwwoof業務とは別でホストの依頼によりホストのwebサイトの手直しをしたそうだ。
その際「お礼に」という事で謝礼の授受があったらしい。
wwoofでは本来金銭の授受はないが、この例を見るとホストにとってはそのwwooferの働きをお金という形で、wwoofの仕事とはまた別で評価した事になる。
仕事の出来≒対価という図式で考えるとお金のやり取りがあっても何ら問題はない。
そのwwooferはホストにとってお金を払う価値のある必要な存在だったのである。
最初の例に挙げたマンゴーの摘み取りは自分の存在価値の必要性という面で見るとあまり高くはない。
なぜなら誰でもいいからである。
所詮は季節感労働者の使い捨てでしかない。
実際摘み取りが遅かったり、勤務態度の悪い者は首をすげ替えて新しい労働者が入れ替わり立ち代わりに入っていた事もあった。
私はまだ人生を28年しか生きていない。
人生の酸いも甘いも知っているわけではない。
どちらかと言うとこれからもっと経験していく立場である。
だがこれだけは分かる。
自分が必要とされない事程辛いものはない。
「あなたじゃなくても幾らでも変えが利く」と遠回しに言われているようなものだ。
相変わらず英語は下手くそなのでwwoofでもやれることは限られているが、私はその時出せるベストを尽くすようにしている。
時々同じ事の繰り返しで嫌気が差してしまう事もあるが、ホストに全力で報いる事で自分の存在価値を見出している気がするし、ベストを尽くす事が私を召し入れてくれたホストに対する礼儀だと考えている。
「愉悦に浸る」で書いたようにホストに自分の仕事を評価してもらった時がこの上なく幸せな瞬間の1つだ。
ホストといろいろな話をして自分の知識や世界観が増える事があるが、それははっきり言って自分はものすごく得をしているように思う。
(写真は冬のTongariro Alpine Crossingにて)

愉悦に浸る

タスマニアにやって来てから現在で3件目のwwoofホストのところにお世話になっている。
1件目、2件目共に1週間程滞在した。
1件目はチリから40年程前に移住してきたチリ人のホストファザーと米国生まれのホストマザーの2人暮らしであった。
驚いた事に子供は6人いるらしく長男は既に57才になるそうだ。自分の母親が59才の為ご子息がホストであってもおかしくはない。
そのご子息はハーバードともう一つ世界的に有名な大学の学位(どこかは失念)を所持しているらしく、つい先日までスコットランドの大学で教鞭をとっていたらしい。
ホストに出会ってすぐにいろいろ話しを聞いているとホストマザーは50年近く前に日本を訪れた事があるという話しをしてくれた。8月に行った為蝉がうるさかったらしい。確かにオーストラリアの蝉は日本程元気はない。
そう考えると何故あれほどまでに日本の蝉は巨大な音を奏でるのか不思議になった。
他にも京都で芸者を見て、すき焼きを食したそうだ。印象的だったのはまだまだビルが林立していなかったという一言だ。当時は高度経済成長期だったからだろうが私の知らない日本をまさかタスマニアで聞く事になるとは思わなかった。
ホストは20年以上もwwoofホストを務めているらしく、私以外にも過去に何人かの日本人wwooferがこのホストにお世話になった事があったらしい。9割方は女性だったそうだ。
家に着いた時に過去に滞在したwwooferの写真を丁寧に時系列で整理してあるものを見せて頂いた。
その中には20年前の何人かの日本人が写っていた。
勿論会ったことはない見ず知らずの人のスナップ写真ではあったが、何故か感慨深い気分になった。
写真の色褪せ具合や写真に映る人の純粋な笑顔がそういう気分にさせたのかもしれない。
何せ2ndビザなどない時代の話しである。ここ数年の間に訪れたwwooferはほぼ2nd目的だったらしい。
いや2nd目的であっても別に悪いわけではない。
しかしネットもなく2ndもない20年前となるとまさしくwilling workerに相応しい人達である。
私も既に2ndは保持している為彼らと同じ(2nd目的ではない)状況ではあるが、なんだか同じ目線で語ってはいけないような気がした。
写真を見ながらホストが丁寧に一人一人について思い出を語ってくれた。今でも何人かと連絡を取っているらしく世界中に家族がいるわと誇らしげに語っていたのが印象的であった。
この場所で私に与えられた仕事は主に雑草取りで一日の大半が過ぎた。
これまでにもオーガニック農法を実践しているところを訪れたが、雑草取りはホストにとって生きていく上で生命線である。
雑草も光合成をしてこの世で生きている。
ただ人間にとって必要がないものとして生まれてきてしまった為に常に邪魔者扱いされてしまう存在だ。
ゴキブリ程に忌み嫌われてはいないが、オーガニック農法をやる上では頭の痛い存在である。
彼らも生命を維持する為に土に含まれる水分を摂取して、仲間を増やそうとする。自然の摂理に則ったなんら疑問もない行為である。
しかし野菜のすぐ近くに生えてしまったものは即座に抜き取りの対象となる。
野菜と水分の取り合いをしてしまうからだ。
雑草の中には頭のいいやつもいて先端部分に胞子状の”子供達”をもつものがいて、風が吹いたりした拍子に他の場所に移り住み新たに自分達の子孫を残そうとするものもいる。
poa aquaticaという種のものは雑草取りをしている間はよく見かけた。
彼らも彼らで生きる事に対しては貪欲である。
wwoofを始めた最初の頃延々と雑草取りをしていた時はさすがに嫌気が差した時期があった。
地味な作業の代名詞とも言える雑草取りではあるが、ホストに褒められ自分の仕事を評価してもらってからは無心でやるようになった。
自分という人間は褒められて伸びるタイプであるように思う。いや誰でもそうかもしれない。
もしかするとプライドが高い裏返しかもしれないが、別にそれでもいい。
自分の存在価値をついこないだ出会ったばかりの異国の人間に認めてもらったのだ。こんなにも嬉しい事はない。
お金を介さないwwoofではあるがお金など発生しなくても幸福になれる場面に出くわせる。
楽しみ方を覚えた私のwwoofライフはまだまだこれからも続きそうだ。
写真は雑草取りのbefore/after

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